2018民法改正前は、遺留分減殺(げんさい)請求権の行使による物権的効果により、遺贈等の一部又は全部が無効になるという意味で「減殺」という用語が使用されていました。しかし、改正で、遺留分侵害額請求権の行使により、遺贈等の効力は維持したうえで遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生すると改められ(改正後民法1046条1項)、改正後民法1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)では、遺留分減殺(げんさい)請求に替えて、遺留分侵害額請求という用語が使用されています(2019年(令和元年)7月1日以降に開始した相続について適用される)。
※ 遺言で特別受益持戻し免除をしても、遺留分侵害額請求を阻止できないと考えられています。
※ 遺留分侵害額請求権は、遺留分を侵すものであることを認識したときから、短期消滅時効(1年)で消滅します(混同しやすいものとして、相続放棄の申し立て期限(3ヵ月)がある)。
※ 遺留分侵害額請求は相手方に通知が到達した場合のみ効力が生じます。
※ 遺産分割協議において、遺留分未満の財産の取得に同意した場合は遺留分侵害額請求はできません。
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埼玉県行政書士会所属
行政書士渡辺事務所
行政書士・渡邉文雄
1. 遺留分侵害額請求
(1)遺留分侵害額権
亡くなった人(被相続人)が、特定の相続人や第三者に、相続や遺贈、死因贈与、生前贈与で財産をあげすぎたため、他の相続人の相続額が遺留分額を下まわる場合は、その差額を限度として、特定の相続人等に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。 この相続人の権利を遺留分侵害額請求権といいます。
なお、相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)を受けた相続人も遺留分侵害額請求の相手方になることが明文で規定されました(民法1046条1項)。
1. 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第一項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額
(2)遺留分侵害額請求権の法的性質
遺留分侵害額請求権は形成的効力を有します。一方的な意思表示により法的効力を生じさせます。
遺留分侵害額請求権は裁判外でも行使できる強力な権利なので、遺言を書くときは、遺留分を侵害しないかよく調べて書く必要があります。
あえて遺留分を侵害する遺言をしようとする場合は、対策をよく検討し遺言することが肝要です。
(3)価額弁償
民法改正(2018.7.13公布)により、遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権に変更され、遺留分請求によって生ずる権利は金銭債権となりました(2019年(令和元年)7月1日施行。2019年(令和元年)7月1日以降に開始した相続について適用される)。
(4)遺留分の計算の仕方(侵害された額の計算)
》》遺留分の計算の仕方 をご覧ください。
(5)遺留分侵害額請求の方法
侵害している相手(受遺者、受贈者、遺言執行者、悪意の譲受人)に対し、遺留分侵害額請求の意思表示を行います。
意思表示は書面でも口頭でもその法的効力は同じですが、請求期限内に意思表示をしたことの証明のため、内容証明郵便兼配達証明郵便で行うのが一般的です(内容証明は、いつ、どのような内容の文章を、だれが、だれに差し出したかを証明する制度です)。
(遺留分侵害額請求の内容証明の文言例)
「遺言書によれば、私の遺留分を侵害しているので、本書面により遺留分侵害額請求をします。」
(6)遺留分侵害額請求は通知が相手方に到達した場合のみ効力が生じる
請求期限内に意思表示をしたことの証拠となるよう、内容証明郵便兼配達証明郵便で行うのが一般的です(内容証明は、いつ、どのような内容の文章を、だれが、だれに差し出したかを証明する制度です)。
相手方が敢えて通知を受領しない恐れがある場合は、通知を出す前に電話で内容を連絡するなどの対応も必要です。
民法97条(意思表示の効力発生時期等)
1. 意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
2. 相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げたときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす。
3. 意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、意思能力を喪失し、又は行為能力の制限を受けたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。
2. 遺留分侵害額の負担者
(1)遺留分侵害額請求の相手方
遺留分侵害額請求の相手方は、受遺者(遺留分を超える遺贈を受けた人に対し請求する)、受贈者(※)又は遺言執行者です。
※ 遺留分を侵害することを知っていながら譲り受けた人(悪意の譲受人)に請求できます。
請求できる金額は、相続人に対しては、その者の遺留分を超える部分です( 法定相続分を超える部分の意味ではありません) 。
(2)複数の者への遺贈がある場合
民法では、複数の者への遺贈がある場合や、複数の生前贈与が同時になされたという場合は、原則としてその目的の価額の割合に応じて按分して負担することとしています。
遺言で指定されている場合は、その順番になります。
(3)遺贈→死因贈与→生前贈与の順
遺留分侵害額を遺贈、死因贈与、生前贈与のどれから支払うかの優先順位は、遺贈→死因贈与→生前贈与の順になります。遺贈・死因贈与では遺留分額に達しないときは、「生前贈与」が対象となります。
遺言で「遺贈」より「生前贈与」を先に侵害額請求の対象にすることはできません。この順番は強行規定と考えられています。
(4)生前贈与は、後の贈与に係る受贈者が先
生前贈与が複数個あれば、新しいものから古いものへと順次対象となります。同じ日になされたものは按分します(契約日を基準)。この順番は強行規定と考えられています。
(5)相続させる旨の遺言により取得した財産と遺贈
相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)により取得した財産は、遺贈と同順位とされています。
(改正前)民法1034条(遺贈の減殺の割合)
遺贈は、その目的の価額の割合に応じて減殺する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
(改正後)民法1047条(受遺者又は受贈者の負担額)
1. 受遺者又は受贈者は,次の各号の定めるところに従い,遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として,遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは,受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき,又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは,受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は,後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2.第九百四条,第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は,前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
(6)遺留分を算定するために財産と生前贈与
民法改正(2018.7.13公布)により、改正前は、死亡前にされた相続人への生前贈与については、遺留分算定の対象財産(みなし財産)の価額に原則として無制限に算入する(特別受益持戻)こととされていたが、改正後は、死亡前10年間にされたものに限り、遺留分算定の対象財産(みなし財産)の価額に算入する(婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与に限る)ようになりました(民法1044条)(2019年(令和元年)7月1日施行。2019年(令和元年)7月1日以降に開始した相続について適用される)。
相続人以外の者については、今まで通り、相続開始前1年間にしたものに限ります。
民法1044条
1. 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、1年前の日より前にしたものについても、同様とする。(改正前民法1030条と同じ)
2. 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。(改正で新設)
3. 相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。 (改正で新設)
(7)遺留分侵害額請求することができないもの
① 遺産分割で寄与分・特別寄与料として取得した財産は、遺留分侵害額請求の対象から免れます。
② 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律による特例
被相続人の死亡前に、推定相続人全員(きょうだい及びその子を除く)の合意に基づいて家庭裁判所の許可を受けると、経営の後継者が受けた株式を、遺留分算定の基礎となる財産に算入しないことができます。(平成21年3月1日施行)
(8)遺言による、遺留分負担者の順序の指定
「遺留分の負担の順序を、山川太郎、山川次郎とする。」
遺言で、遺留分の負担を特定の者に軽減、免除してあげることができます。
軽減、免除した者からは、他の遺留分義務者から支払いを受けることができる限り、支払いを受けることができません。
3. 遺留分侵害額請求権の時効(民法改正による時効の変更はありません)
遺留分侵害額請求権は、短期消滅時効(1年)です。遺留分権利者が、相続の開始(被相続人の死亡)及び遺留分侵害額請求すべき贈与又は遺贈があったことの両方を知ってから1年以内に、侵害者に対し請求しなければ、遺留分侵害額請求権は時効により消滅します。
(混同しやすいものとして、相続放棄の申し立て期限(3ヵ月)がある)。
また、遺留分侵害額請求すべき贈与又は遺贈があったことを知らなかったとしても、相続の開始(被相続人の死亡)から10年を経過したときは、遺留分侵害額請求権は消滅します(除斥期間)。
民法改正((2018.7.13公布)により、遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権に変更されましたが、時効は改正前と同じです(遺留分を侵害するという事実を知った時から1年、又は相続開始の時から10年のいずれかのうち先に到達した日限りで消滅します)。
民法1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。
贈与又は遺贈のあった事実を知っただけでは、この時点から計算を始めることはしません。遺留分を侵害するという事実を知った時から計算を始めます。
また、この遺留分侵害額請求権を行使することにより生じた金銭債権の消滅時効については、民法の一般の債権と同様です(債権法改正により2020年4月1日からは5年または10年)。
4. 遺留分侵害額請求権と特別受益持戻し免除の関係
遺言で特別受益持戻し免除をしても、遺留分侵害額請求を阻止できないと考えられています。理由は、民法1043条1項は、特別受益持戻し免除のあった遺贈等の財産について例外としていないからです。(出典:日本行政書士会連合会『 月刊日本行政(2024.1)№.614』.30頁)
民法1043条(遺留分を算定するための財産の価額)
1. 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
2. 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。