遺産分割前の預貯金の払戻し制度

2018年(平成30年)相続法改正(民法等改正)で遺産分割前の預貯金の払戻し制度が創設され、死亡により被相続人名義の預貯金の凍結がされても一定額の払戻しができるようになった。(2018年(平成30年)7月13日公布、2019年7月1日施行。※相続開始が施行日前であっても適用される)  

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埼玉県行政書士会所属

行政書士渡辺事務所

行政書士・渡邉文雄

 

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1.    預貯金も遺産分割協議の対象です

 

  かっては、預貯金は、ほかの金銭債権と同様に相続人に法定相続分に応じて当然に分割されて帰属するとされていました(最高最昭和29年4月8日判決)が、平成28年12月19日の最高裁判決がこれを変更し、預貯金債権は当然に分割となるのではなく、遺産分割協議の対象に含まれるという判断を示しました。

  この最高裁判決により、預貯金は、相続人間で取得する不動産等の物件の価額に差がある場合にその差額について預貯金で調整することができるなど、遺産分割で重要な調整機能を果たすことができることとなりましたが、その反面、遺産分割協議がととのうまでの間、相続人は預貯金の引き出しができなくなってしまいました。

  その結果、葬儀費用や埋葬費用を遺産から支出する場合や、被相続人から扶養されていた者の当面の生活費を遺産から支出する必要がある場合などでも、共同相続人全員の合意がないと預貯金を払い戻すことができなくなってしまいました。

 

2.    遺産分割前の預貯金の払戻し制度の創設

 

  そこで、相続開始時における共同相続人の各種資金需要に迅速に対応することを可能とするため、2018年(平成30年)相続法改正(民法等改正)で、各共同相続人が、遺産分割前に、裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で遺産に含まれる預貯金の払い戻しを請求できる制度を設けました(民法909条の2)。

 

民法909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

 

3.    遺産分割前の預貯金の払戻し制度の概要

 

  各共同相続人は、「※当該預貯金の額の1/3」に「当該相続人の法定相続分」を乗じた額について単独で払い戻しを求めることができます。なお、この「※1/3の額」については、個々の預貯金ごとに判断されます。また、払戻しできる金額の上限は以下の通りです。

 

(同一の金融機関から払戻しができる金額の上限は150万円)

 

  民法909条の2を受けて、法務省令(平成30年法務省令第29号)は、同一の金融機関から払戻しができる金額の上限を150万円と定めています。

 

4.    事例研究

 

(1)事例 1

 

 相続預貯金:A銀行に普通預金300万円と定期預金240万円

 相続人:妻B、長男C、長女D

 

  各共同相続人は、「当該預貯金額の1/3」に「当該相続人の法定相続分」を乗じた額について払い戻しを求めることができるので、A銀行の「普通預金」については、妻Bは、当該預貯金額(300万円)の1/3=100万円に、法定相続分の1/2を乗じた額=50万円、これが払い戻すことが可能な金額となります。

  A銀行の「定期預金」については、妻Bは、当該預貯金額(240万円)の1/3=80万円に、法定相続分の1/2を乗じた額=40万円が払い戻すことが可能な金額となります。

  A銀行の「普通預金」と「定期預金」を合わせると90万円が払い戻すことが可能な金額となります。

  個々の預貯金ごとに計算されますから、「普通預金」だけから、もしくは「定期預金」だけから90万円を払い戻すことはできません。

 

(2)事例 2

 

 相続預貯金:A銀行に普通預金600万円と定期預金1,200万円、

       H銀行に  普通預金720万円

 相続人:妻B、長男C、長女D

 

  各共同相続人は、「当該預貯金額の1/3」に「当該相続人の法定相続分」を乗じた額について払い戻しを求めることができるので、A銀行の「普通預金」については、妻Bは、当該預金額(600万円)の1/3=200万円に、法定相続分の1/2を乗じた額=100万円が払い戻すことが可能な金額となます。

  A銀行の「定期預金」については、妻Bは、当該預貯金額(1,200万円)の1/3=400万円に、法定相続分の1/2を乗じた額=200万円が払い戻すことが可能な金額となります。

  しかしながら、上記の通り、同一の金融機関から払戻しができる金額の上限を150万円と定めていますので、普通預金と定期預金を合わせて150万円が払い戻すことが可能な金額となります。

  なお、本件の場合は「普通預金」だけから150万円を払い戻すことも「定期預金」だけから150万円を払い戻すこともできます。

 

  H銀行の「普通預金」については、妻Bは、当該預貯金額(720万円)の1/3=240万円に、法定相続分の1/2を乗じた額=120万円が払い戻すことが可能な金額となります。

 

  結果、妻Bは、A銀行とH銀行合計で270万円の払い戻しを受けることができます。

 

5.    払戻し請求に際し金融機関へ提出する資料は何か

 

  遺産分割前に預貯金の払戻し請求をするにあたり、金融機関へ提出する資料は、民法912条の2が「預金金額の3分の1に払戻しを受ける法定相続人の相続分を乗じた金額」と金額と定めていることから、①被相続人が死亡した事実が分かる資料、②相続人の範囲が分かる資料、及び、③払戻しを受ける者の法定相続分が分かる資料が必要です。

 

  具体的には、

①   これらの事実を証する戸籍(全部事項証明書、除籍謄本等)

②   法定相続情報一覧図

                     が考えられます。

 

 (出所:日本行政書士会連合会『月刊日本行政(2024.5) №.618』35‐36頁)