突然の認知症に備える「家族信託」

突然の認知症に備えると同時に相続にも備える制度として近年「家族信託」が注目されています。

□ 家族信託は民事信託あるいは個人信託とも呼ばれ、信託の相手は、信託銀行ではなく子ども等家族であり、子ども等家族と信託契約を結び、財産を管理してもらうしくみです。

 その特長は、財産を「贈与することなく移転(実質的には所有権は移転しない)」し、管理を任せることにあります。  

 家族信託は、信託契約でありながら、遺言による信託と同様に、生前に死後の財産の処分方法を定めることができます。 

□ 家族信託は、信託受益者を誰にするかによって2種類に分けることができます。 

① 停止条件付信託 委託者が生存中は委託者本人が受益者となり、委託者死亡後は配偶者などが受益者となります。認知症などで財産管理ができなくなったときに発効させます。 

② 始期付き信託 委託者が死亡後に、配偶者などが受益権を取得します(始期付き信託は、生存中は受益権は発生しません)。 

□ 家族信託は後継ぎ遺贈型の受益者連続が可能です。  

□ 家族信託は財産管理のための制度であり、生活の支援(年金の受け取り など日常取引、介護サービスの利用契約・支払い など)を受けるためには、別途、任意後見契約が必要です。 

□ 信託受益権は、遺留分侵害額請求の対象となります。  

□ 家族信託でも通常の相続でも相続税の納税額は変わりません(家族信託は節税には使えない)。

1. 「家族信託」とは

 

 家族信託は子ども等家族と信託契約を結び、財産を管理してもらうしくみです。

 家族信託は民事信託あるいは個人信託とも呼ばれます。信託の相手は、信託銀行ではなく、子ども等家族です。家族信託は委託者本人(親等)やその配偶者の認知症に備え、財産を子ども等に託しておきたいときに利用します。 

 

 信託は、自宅等不動産や預貯金等の資産を、受託者に贈与することなく「移転」させ、信託の目的に従って管理・処分をすることを任せ、生活費などの支給をしてもらうしくみです。信託は、生存中は、財産を「贈与することなく移転」して管理を任せられることが特長です。

 

 具体的には、自宅等不動産は信託を原因として受託者に所有権移転登記がなされ、預貯金は受託者名義(信託口口座)で管理されます。

 所有権が移転することに不安を抱かれる方がいるかもしれませんが、自宅等不動産は信託の目的に従って管理・処分を行うこととされており、実質的には所有権は委託者本人(親等)のままです。

 なお、信託財産であることを第三者に対抗するためには、「信託の登記」をする必要があります。 

 

 また、信託は、契約でありながら、遺言と同様に死後の財産処分方法についても定めることができます(後継ぎ遺贈型の受益者連続信託が可能)。

 

 信託は財産管理のためのしくみです。生活の支援年金の受け取り などの日常取引や、介護サービスの利用契約や支払い など)を受けることはできません。生活の支援を受けるためには任意後見契約との併用が必要です。 

 

2. 停止条件付信託と始期付信託

 

 信託は、信託受益者を誰にするかによって以下の2種類に分けることができます。

 

(1) 停止条件付信託

 

 停止条件付信託は、委託者本人(親等)が認知症などで財産管理ができなくなったときに信託契約を発効させます。

 信託契約が発効すると、委託者本人(親等)の生存中は委託者本人(親等)が受益者となります。委託者本人(親等)の死亡後はその配偶者など第2受益者が受益権を取得します。 

 停止条件付信託の場合、信託する財産以外に相続財産がある場合は、それについて認知症になる前に、あらかじめ遺言が必要です。

 

(2) 始期付信託

 

 始期付信託は、委託者本人(親等)が死亡したときに信託契約を発効させます。 委託者本人(親等)は受益者とはなりません。委託者本人(親等)の死亡の時以後、委託者本人(親等)の配偶者等受益権者が信託財産に係る給付を受けます。

(※委託者本人(親等)に譲渡所得税が発生します)  

 

3. 信託財産の所有権の移転

 

 信託財産の所有権は受託者に移転します。

 

 (1)自宅等の不動産

 

 信託財産に不動産がある場合は、信託契約締結後、不動産の名義を受託者(子ども等家族)に変更し、受託者(子ども等家族)は、信託の目的に従って、自身の名において管理・処分を行います。

 委託者本人(親等)には信託財産に対する直接の権利はなくなります。施設に入所するなどにより、不動産(信託財産)を売却する場合は、売却手続きは受託者(子ども等家族)が行います。   

 しかし、信託財産は受託者(子ども等家族)の固有財産になるわけではありません。所有名義は子ども等家族(受託者に移りますが、委託者本人(親等)は自宅に住み続けることができます。また、信託財産から発生した収益や信託財産を売却した代金は委託者本人(親等)に帰属します。  

 このように、信託財産は特殊な法律関係にある財産となりますが、実質的な所有権は委託者本人(親等)のままと考えることができます 

 

(2)現金・預貯金

 

 信託契約で受託した現金や預貯金は、名義を受託者(子ども等家族)に変更し、受託者(子ども等家族)名義の預金口座(信託口口座)で管理します。

 受託者(子ども等家族)は、自身の名において、信託の目的に従って管理・処分を行います。預金の引き出しや解約は、受託者(子ども等家族)が信託の目的に従い、受益者の必要に応じて行います。 

 

(3)分別管理義務

 

 受託者(子ども等家族)は、自身の財産と信託財産を区分して管理する義務があります(信託法34条)。この分別管理義務は倒産隔離機能(*)の担保、及び、受託者の忠実義務違反抑止のため重要な意味を持っています。

 

 分別管理義務により、信託財産に現金や預貯金がある場合は、信託契約書に信託専用口座の口座番号を記載し、信託契約締結後「信託専用の口座」にお金を移す必要があります。 

 

(*)倒産隔離機能:信託財産は、委託者の債務はもとより、受託者の固有の債務に基づいて強制執行を受けることはありません(信託法23条、25条)。

 

4. 信託契約の内容

 

(1) 信託目的

 

 信託目的としては、受託者(子ども等家族)に財産を管理してもらい、その信託財産から委託者本人(親等)やその配偶者(受益者)に定期的に生活費を支給してもらう、などが考えられます。

 

(2) 委託者

 

 委託者は本人(親等)です。なお、意思能力、判断力がなくなっているときにした信託契約は無効です。

 委託者本人(親等)が死亡したときは、相続人は、信託法上の権利義務を承継します。

 

(3) 受託者

 

 受託者は子ども等家族になります。家族には血縁関係は無くてもよく、家族のようにお付き合いしている人も含まれます。

 受託者(子ども等家族)は、信託期間に見合った年齢の方にする必要があります。

 なお、未成年者を受託者とすることはできません(信託法7条)。

 

 (行政書士等の専門職は信託契約の受託者になることはできるか)

 

 行政書士等の専門職が信託契約の受託者となる場合は、業として行うことになるため、内閣総理大臣の免許がなければできません (信託業法3条)。

 

 行政書士等の専門職が信託監督人(信託業法131条、受益者代理人信託業法138条) となることは可能です。

 

(4) 第2受託者

 

 第1受託者(子ども等家族)が死亡した等の場合に備え、 第2受託者を定めておくことができます。

 

(5) 受益者

 

 信託受益者としては、停止条件付信託(*1)では親等委託者本人、始期付信託(*2)では委託者の配偶者が考えられます。

 

*1  停止条件付信託:委託者が認知症などで財産管理ができなくなったときに信託契約を発効させるもの

 

*2 始期付信託:委託者が死亡したときに信託契約を発効させるもの

 

(6) 第2受益者

 

 停止条件付信託の場合は、受益本人の死亡後、その配偶者などが受益権を取得できるよう、第2受益者も定めておきます。

 

(7) 信託財産

 

 自宅等の不動産や預貯金等の資産

 

(8) 信託期間

 

 信託契約締結の日から受益者の死亡の日まで 

 

(9) 残余財産の帰属先

 

 委託者本人(親等)が亡くなった後の所有者を、受託者(子ども等家族)に定めれば、受託者(子ども等家族)が自宅を相続できます。 

 

5. 受託者の責務

 

 受託者(子ども等家族)は、受益者または委託者本人(親等)に対し、善管注意義務、忠実義務、分別管理義務(*)を負います。

 信託財産の管理処分をするにあたっては、信託受益者の利益を最優先する責務があります。

 

 * 分別管理義務

 受託者は、自身の財産と信託財産を区分して管理する義務があります。

 信託財産に現金・預貯金がある場合は、信託契約書に信託専用口座の口座番号を記載し、信託契約締結後「信託専用の口座」にお金を移す必要があります。  

 

6. 信託と相続

 

(1)信託財産は相続法に服さない(残余財産の帰属先)

 

 家族信託では、財産権は信託契約を結んだ時点で受託者(子ども等家族)へ移転しますから、委託者本人(親等)が亡くなっても相続法に服しません。

 信託契約で、委託者本人(親等)が亡くなった後の自宅所有者(残余財産の帰属先)受託者(子ども等家族)に定めれば、受託者(子ども等家族)が自宅を相続できます。 

 

(2)信託する財産以外に相続財産がある場合

 

 信託する財産以外に相続財産がある場合は、それについて認知症になる前に、あらかじめ遺言が必要です。

 

(3)信託受益権と遺留分侵害額請求

 

 信託受益権は、遺留分侵害額請求の対象となります。遺留分を侵害する信託を設定した場合、遺留分侵害額請求をされるおそれがあります。

 

(4)家族信託と相続税 

 

 家族信託でも、通常の相続でも相続税の納税額は変わりません。家族信託は節税には使えません。 

 

7. その他、家族信託を利用する際の留意点

 

 子ども等、家族との間で信託契約をする場合は、委託者(親等)に意思能力、判断力が必要です。判断力がない場合は契約は無効です。

 

 委託者が死亡したときに信託契約を発効させる始期付き信託の場合は受益者(配偶者等)の意思能力」を確認するとともに、認知症に備えて任意後見人候補者を決めておくことをおすすめします。   

 

 子ども等、家族との間で信託契約をする場合は、家族全員が理解していることが必要です。 

 

8. 信託を公正証書で作成する

 

 信託契約書を公正証書で作成すると、後日紛争が起きにくいという利点があります。また、紛失した場合、再発行ができます。

 費用は信託財産が5,000万円以下の場合、5万円程度です。 

 

9. 信託契約の活用例

 

 子どものいない夫婦が、甥と信託契約を結び、自宅と預金を甥に託し、毎月生活費を受け取るといったことができます。委託者(夫)が亡くなった後は委託者(夫)の配偶者(妻)が受け取ります。配偶者も亡くなったら、甥が財産を受け取るように(残余財産の帰属先)信託契約を結ぶことができます。

 

10. 信託と任意後見 

 

》》家族信託、任意後見、遺言の比較 をご覧ください。

 


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