1. 信託と任意後見の選択のポイント
(1) 身上保護の必要性はあるか
信託は財産管理のためのしくみであり、信託の対象となるのは財産です。老人ホームへの入所や入院などの療養看護の手配(医療契約、介護施設入所契約、介護サービスの利用契約など)などの身上保護に関する事項は含まれません。また、金融機関との取り引き(年金の受け取りなど)など生活の支援を受けることはできません。
こうした事柄は通常近くに家族が住んでいる場合はやってくれるので不都合ありませんが、家族の支援が期待できない場合や近くに家族が住んでいないときは、信託契約に加え任意後見契約が必要です。
(2) 目的は財産の承継か
信託契約は、信託財産の帰属権利者を定めておくことにより、財産の承継も可能となります。また、委託者(本人)が亡くなったあとも、第2受益者(配偶者等)が毎月生活費を受け取るようにすることができます。一方、任意後見契約で財産の承継を定めることはできません。財産の承継を定めておきたいときは、任意後見契約に加え、信託契約が必要です。
(3) 後継ぎ遺贈(信託法91条後継ぎ遺贈型受益者連続信託)を考えているか
後継ぎ遺贈型信託(受益者連続型信託)とは、受益者が死亡すると、次の順位の受益者が順次受益権を取得する形態の信託契約です。後継ぎ遺贈型信託」により、「自宅の敷地と建物を妻に相続させる(妻を第一受益者とする)が、妻が死亡したら子が受け継ぐ(子を残余財産受益者とする)」といったように「順次財産を受け継ぐ者を指定する」ことができます。
任意後見契約で後継ぎ遺贈を定めることはできません。後継ぎ遺贈型信託(受益者連続型信託)を定めておきたいときは、任意後見契約に加え、信託契約(又は遺言信託)が必要です。
(4) 財産の種類
信託は、譲渡制限がある財産は信託財産とならないので、農地や年金受給権は信託財産とすることができません(農地法3条2項三号、厚生年金保険法41条、国民年金法24条)。
これに対して、任意後見契約ではこれらの財産も管理対象財産に含めることが可能です。
(5) 財産の積極的活用の希望
信託契約は、財産の積極的活用(信託財産を担保に銀行から借り入れをする、投資のために不動産(信託財産)を売買する)ができます。 信託に賃貸アパートの建て替えが含まれる場合は、事前に銀行と相談して進めることが必要です。
これに対して、任意後見契約では財産の積極的活用は困難です。
(6) 適切な任意後見人受任者(又は信託受託者)はいるか
任意後見人に誰を頼むかは本人の自由です。自由に選び、依頼しておくことができます。任意後見人には、まじめで責任感が強く、家計簿程度の事務的な作業ができ、ある程度時間的に余裕のある人が望ましいと言われています。
任意後見人(受任者)の不適格事由
ア)①未成年者
②家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
③破産者
④行方の知れない者
イ)委任者に対し訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族
ウ)委任者の財産を無断で処分し、あるいは自己の財産と混合する等、不正な行為をした者、犯罪を犯し処罰された等、著しい不行跡がある者、その他、後見監督人の指示・監督に従わない可能性が高い者など任意後見人の任務に適しない事由がある者。
家族信託の受託者は子ども等家族になります。家族には血縁関係は無くてもよく、家族のようにお付き合いしている人も含まれます。
受託者(子ども等家族)は、信託期間に見合った年齢の方にする必要があります。
なお、未成年者を受託者とすることはできません(信託法7条)。
(7) 裁判所の関与
任意後見の場合は後見監督人を必ず置き、裁判所から選任される任意後見監督人が任意後見人を監督するという制度になっています。
一方、信託では、受託者を監督する制度は、裁判所の関与について言うと 、ほとんどなく( 信託受託者の解任請求(信託法58条四項)等があるのみ)、信託受託者が自己のために財産を使用するなどの危険もあります。
なお、信託契約で信託監督人(信託法131条)や受益者代理人(信託法138条)等をおき、信託受託者を監督することはできます。信託監督人や受益者代理人を置く置かないは自由です。
信託契約の場合、信託財産は受託者に移転します。受託者の裁量により、受託者の名で、排他的な管理・処分が可能です。
一方、任意後見の場合は、財産管理は依頼しても所有は本人のままです。また、後見人が不動産の処分をするには家庭裁判所の許可が必要です。
2. 信託が有効なケースは
賃貸アパート等の収益不動産があり財産活用の幅が大きいや、積極的に投資したい場合、後継ぎ遺贈をしたい 場合は信託が有効なケースです。
ただし、身上保護が必要な場合は任意後見との併用が必要です。
3. 信託と任意後見を併用するときの注意
信託と任意後見を併用する場合は、信託によって重要な財産の管理・運用・承継等を担い、任意後見によって手元財産の管理と身上監護に係る事務及び将来の信託の管理を担う形にすることが考えられます。
なお、この場合、信託譲渡する財産と委託者の手元に残して任意後見人に委ねる財産とを区分けする必要があります。
4. 任意後見が有効なケースは
収益不動産もなく、投資も考えていない。財産の相続は法定相続にするか、又は、別途、遺言を書くケース。
将来は老人ホームに入所希望の場合
老人ホーム等の介護系の契約は信託では対応できません。
財産に農地(※3)や年金受給権、証券会社が信託の取り扱いをしていない有価証券が含まれている場合
※3 農地法上の許可があることを停止条件とする信託は可能です。
5. 詐欺被害にあうのを防ぎたい
詐欺から財産を守るのが目的の場合は、認知症などで判断力が低下し任意後見が開始してもキャッシュカードで現金をおろすことはできますから、任意後見契約では不十分です。
6. 信託と任意後見の併用
元気なうちは財産を移転(信託)させたくない、手元に置いて自分で管理したいという場合は、任意後見契約と併せて、任意後見監督人が選任されたことを停止条件とする信託契約を締結します。
将来、認知症等により判断能力が低下したら、任意後見人(予定者)が任意後見監督人の選任の申し立てを行って任意後見をスタートさせ、信託財産である不動産の信託登記や信託口座の開設等の手続きを行うことになります。
(参考文献:日本行政書士会連合会『 月刊日本行政(2024.4)№.617』8-9)